布穀会とは

主張

 

書の源流は人間が意思表現をする素朴な書く行為に始まる。私どもはこの基本認識に立ち、現代的でグローバルな視野を持ち、自由闊達で純粋な芸術作品の創造を目指し、自分自身を深く追求する。

 

会員心得

 

1.会員は互いに人間性を尊重し平等の立場で行動する。

2.会員は芸術の本質を見詰め自由闊達で逞しい創造をめざす。

3.会員は自主独立の作家として活動し、他から制約されることはない。

4.会員は表現者として自己責任とプライドを持ち、会の展覧会に作品を発表する。

 

布穀会のいわれ

 

「布穀」とは呼子鳥の異名であって、上田桑鳩が仕事場に題した庵号である。

布穀には桑鳩・鳲鳩などの別名があり、杜甫も歌ったように耕種を告げる鳥であるという。

詩経国風(孔子が編定の中国最古の詩歌集)の曹風(曹のくにのうた)に鳲鳩と題される詩がある。その詩に?鳩は子を養うのに、朝には上から下へ夕べには下から上へと分け隔てなく餌を与え、この習性は変ることがないという。そして母鳥は桑の木にあって大きく育った子鳥が桑の木や榛の木に飛び移るのを満足して見上げている…と。

その曹風の鳲鳩詩の意を心として名付けられた「桑鳩」という雅号であり「布穀」と題された庵号であろうと思われる。その思いを受け継ぐべく布穀会と命名された。

因みに鳲鳩詩の第一詩を誌す。

 

鳲鳩在桑(桑の木に止るきじ鳩)

其子七兮(可愛い七つの子よ)

淑人君子(秀れた人)

其儀一兮(その踏むべき道は一つ)

其儀一兮(そう一つだけだよ)

心如結兮(しっかりと定められている)

 

鳩=あつまりやすらぐ(故・大野虚舟会員の遺作から)

 

声明文

 

拝啓 筆硯ますますご多祥のこととおよろこび申し上げます  さて私どもはこのたび奎星会を脱会することを決意しその手続を終えました  省みますと奎星会は創立されて三十五年 展覧会は二十五回を重ね 会草創の理想である近代書芸術の確立進展に大きく貢献して来たことは紛れのない事実でありますが、三十五年の星霜は会自体の老齢化を招来したこともまた疑を容れない事実であります  これを反省しこの現状を脱皮するために組織検討委員会が設置され組織の近代化が計られておりますが、会の性格内容が年ごとに変貌し派閥運営の様相がより強くなった今日 そのような姑息な手段で回生発展を望むことはもはや不可能だと断ぜざるを得ません  このことはひとり奎星会のみでなく 書壇そのものの体質的一面でもあるといえましょう  そして これを嘆く私どもも残念ながらそれぞれ知命 耳順に達し人生の大半を過ごし いたずらにこの混濁した書壇に甘んじて来てしまい今更ながら悔恨の情を禁じ得ません と同時に最早や周囲に気がねし自らの行動を曖昧にしておくような態度は許されなくなったことを痛感する次第であります  本来ならば奎星会の組織の中にあって 是非を正してゆくのが筋かと思われます  しかし類型化の甚だしい展覧会や 対外的人事などにみられる如く逆行にむけての硬直化と派閥的弊害が瀰漫しつくした今日 それは望むべくもありません  私どもは ここ数年間 こうした不明朗な状況に対する悩みにどう対処していくか 自問自答しつづけながら軽挙を戒めてまいりましたが この自重も最早や限界であることは勿論のこと 奎星会に寄せる期待も情熱も全く失ってしまいました  従ってこれからはおのれに立ち帰り 自らを大切にし書の本質を冷静に問い直し 且つ深めながら 逞しい創造と純粋な求道に没頭してまいりたく存じます  永年お世話になった奎星会の皆さんと たもとを別つことは情において忍び難いものがありますが事情ご賢察のうえ ご諒承賜りたくお願い申し上げます  末筆ながら今日まで私どもに寄せられましたご厚誼に深く感謝し皆様のご清勝をお祈りしつつ脱会のご挨拶といたします  なお同志相はかり「布穀会」を結成致しましたので今後ともよろしくご支援ご教導のほどを重ねてお願い申し上げます   敬具

昭和五十二年二月十日